軍隊を拒否した島・前島(渡嘉敷村)で 空自が無断訓練

今日も朝から腹を立てている。今朝(9日)の琉球新報によると、私の故郷である渡嘉敷島で、航空自衛隊が無断で年間100回も軍事訓練を繰り返していたという。

                  <12月9日 琉球新報 ↑>

渡嘉敷島は、沖縄戦最大の悲劇と言われる日本軍による大量虐殺「集団自決」が起こった島だ。その渡嘉敷島で唯一「集団自決」が起こらなかった島が前島である。なぜ起こらなかったかというと、当時の学校長が日本軍の駐留を断ったからだ。

慶良間諸島は座間味村を含め、日本軍が駐留しなかった島や地域では「集団自決」が起こらなかったことがわかっている。それはつまり軍隊が存在しなければ起こらなかった出来事だったという証明である。

よりによって、そんな「軍隊を拒否した島」で、自衛隊が承諾もなく勝手に島を使った軍事訓練をしていたことは、絶対に許せない。

 

2018年12月9日リンクURL

今日(12月8日)の辺野古 ~「 あきらめない!」と闘い続ける沖縄の人たちを尊敬

 今日は、地域女性史研究会の例会が沖縄で開催され、全国から集まった女性史の専門家の方々を辺野古へご案内した。

往復に3時間をかけ、現地滞在時間40分という超タイトなスケジュールにも関わらず、それでも辺野古へ行きたいという皆さんの強い要望だった。

 ゲート前は降りて坐りこむことはできず、バスの車窓から、座り込みの人たちに手振ってエールを送るだけで通り過ぎ、浜のテントで、遠くに土砂投入が迫る護岸をみながら、スタッフの説明を受けた。

琉球セメントの安波桟橋で土砂を積み込んだ船が、大浦湾に5隻入ったという情報に、話を聞く側にも緊張感が走る

説明を受け皆さんは、「メディアの情報で知る限りでは、もう辺野古は止められないのではないかと思っていたが、まだ工事は序の口、しかも様々な障壁があって、新基地はできない!ということが理解できた。勝つまであきらめないと闘い会続けている沖縄の方々を尊敬する。県外に住む私たちに何ができるかを改めて考え、共に闘っていきたい」と感想を語った。

私も浜のテントは久しぶり、8年と5347日の看板、20年を超える闘いは、思うだけで気が遠くなりそうだ。

昨日、一昨日と400台近くも入っていたシュワブ工事用ゲートからの資材搬入はなかったという。

 

 

2018年12月8日リンクURL

詭弁!法律無視!やりたい放題! ~ 防衛局、安和桟橋から土砂搬出再開

辺野古から、名護市の端っこ安和までは車でおよそ30分。昼食もそこそこに12:30出発、13時には、安和桟橋に到着した。

 先週土曜日に来た時には一人しかいなかった警備員が、入り口と出口にそれぞれ十数名、「アリ一匹通さぬぞ」とばかりに整列していた。

私たちも負けずに,彼らの前に座り込んだ。

いつもながら、先頭に立つのは女性たち。

防衛局の職員数名が港の中へ入ろうとするのを阻止しようと、ゲート前で押し合いになった。20分ほど押し合い圧し合いの後、2度に分けて十数名が入った。

午後3時前、防衛局の職員に続いて、道向かいの琉球セメント(株)の構内から機動隊が出てきた。彼らが来るということは、積出作業のためのトラックが入るということである。

すぐにごぼう抜きが始まり、道端に造られたにわか作りの機動隊の檻の中に囲われてしまった。

目の前を次々と土砂を積んだトラックが入っていく。昨日、手続きの不備を認めて中止したばかりなのに、わずか1日で、いつたい何を根拠に作業再開できるというのか!

立ちふさがる防衛局の職員に大きな声で抗議をしながら、まさか!と思いながら駆け付けたが、ありえない出来事に悔しさのあまり泣き出す女性たちも。

港の構内では、ベルトコンベアーの入り口にどんどん土砂が運ばれ、桟橋の先端にある台船に積み込まれていった。

午後4時、防衛大臣が記者会見をして、「不備だった書類は提出したので、搬出を再開した。港に積んであった土砂は赤土防止条例違反と言われたので、使用せず、新たに運んだ土を直接ベルトコンベアーに乗せたので、条例違反ではない」と発表したという。なんという詭弁。

ここまで踏みつけにされる「沖縄」は、日本にとっていったい「何?」

早朝6時半に那覇を出発して、夕方6時に那覇へ戻ってきた。実に11時間半、長~い一日だった。

 

2018年12月5日リンクURL