先週は、那覇から7時初のバスが、高速道路の工事に伴う交通渋滞で、9時の座り込みに遅刻するという波乱に見舞われたが、今日はさらに悪化した。
渋滞を避けるために、工事手前のインターチェンジで一般道に出たら、みんなが同じような考えだってようで、高速の出口で長々と渋滞。しかも一般道に出てからも渋滞が続き、座り込みの現場に直行するも20分の大遅刻。座り込みはすでに排除され、ダンプの列が基地になだれこんでいた。
バスを降りると同時に機動隊に囲まれ、身動きのできない状態に。




10年以上も辺野古ゲート前で抗議行動をしているが、こんな情けない思いをしたのは初めてである。
那覇から9時出発のバスも到着して、まもなくゲート前もにぎやかになってきたが、私は次の日程があり、午後の座り込みには参加できなかった。
渋滞は出勤時間帯だけのようで、来週からは、出発時刻を少し早めることになった。現在でも朝6時過ぎに自宅を出る。これ以上早くというのはかなりしんどいが仕方がない。工事は4月まで続くとのことである。
いつもはいったんメインゲート前のテントでバスを降り、持ち物などはおいて一息ついてから、再びバスに乗り込み工事用ゲートに向かうのだが、それではダンプの搬入が始まる9時に間に合わない。工事用ゲートに直行することになった。








水曜日メンバーに労働組合の活動として、毎年年末年始に衣類の提供や炊き出しを行っている仲間がいる。数年前までは野宿者などが主だったが、コロナ禍から一般市民の姿が増えだし、今年はさらに増えて連日200人近くが炊き出しの列に並んだという。「国は国民の暮らしを守ることが一番の使命。一般市民の多くが暮らしに困窮している。戦争なんかしている場合ではない。税金は軍事費にではなく、国民の暮らしに使え!」と怒りのこぶしを挙げた。






敗戦のとき2歳だった友人も、祖父母、両親の戦時の生活体験、理不尽な国策に苦しめられる沖縄の姿を知った少女期以来、沖縄とかかわり続けてきた経験を語っている。 